目立とうと思っただけの発信、販促物には意味がない

「こんにちは、Kawara王子です。」

なんて名乗ってた痛々しい時期がありました。去年の12月頃かな。
はい、黒歴史です。
まあ名乗るのは個人の勝手で自由なんですけどね。

個人の出し方を間違ってました。

ちょうどFacebook、ブログで個人を出して発信しようと考え始めた頃で、なんでもいいからとにかく目立とう、目立とうとがむしゃらになっていた頃ですね。

毎日Facebookでの発信をし始めて、いろんな人とのつながりが増え始めてきて、そんな人の中で目立とうと、「どうボクってなかなか格好よくない?」「もっとボクのことを見て!」って「もっといいねして!」って必死に格好をつけてました。

格好よく見られたい。いいように見られたい。がんばってるって思われたい。
兎にも角にも必死さが痛々しい。

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こんな写真をプロフィールにしてみたりね。

その頃のブログもこんな感じでした。『Kawara王子になりました。』

いやー恥ずかしいし、気持ち悪いね。アーメン

個人を出す=目立つこと って考え方でした。

うん、個人の出し方間違ってました。
必死で自分を売り込んでました。

今年の1月から始めたニュースレターの表紙も最初の頃はだいぶ格好つけてました。

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兎にも角にも目立とうと

目立とうと思っただけでは意味がない

いくら格好つけて、目立った発信をしても、販促物を作っても、それが本当の自分じゃないのが発信、販促物から透けて見えてくる。

もちろん自分のコミュニティーがちゃんとあって、目立った発信、販促物で喜んでくれる多くのファンがいればいいんです。それにはちゃんと意味があるから。

そうじゃなくて、ただ単に格好つけて、目立とうとするだけの発信、販促物には何の意味もない。もしろ自分を飾って、偽っているのが見透かされるから「あー無理してるな」「やっちゃってるな」「気持ち悪いな」って思われるだけ。

本当の自分を出して発信しないと意味がない。
仕事もプライベートも格好つけないで、飾らずに、偽らずに発信しないと本当の自分に共感してもらえない。

本当の自分を出すことは全然恥ずかしいことじゃない、むしろ格好つけて、飾って、偽って発信する方がよっぽど恥ずかしい。

本当の自分を出すと本当に楽しむことができる

もしあの当時の格好つけた発信を続けてたら今つながっている人、リアルにあってる人は全然違う人だったはず。それはそれで楽しかったのかもしれないけど、格好つけた、飾った、偽った発信でつながっている人とは本当に楽しめる関係にはならない。うわべだけの関係性になってしまうから本当に心から楽しむことができない。

お互いに格好つけずに、飾らずに、偽らずにつながっている人とはリアルに会っても格好つけづに、飾らずに、偽らずに楽しむことができる。

そんなに格好つけなくていいよ。飾らなくていいよ。偽らなくていいよ。
全部透けて見えてくるよ。必死さが伝わってくるよ。


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岡 公司
播州瓦工業株式会社 専務取締役 岡 公司です。 生まれ故郷、国産みの島淡路島の土から生まれる瓦の独自の価値をもっと伝えたくて瓦の価値を伝えることをメインにブログを書いてます。 自分の好きな事、楽しい事をFacebook、Twitter、Instagram、ブログ、ニュースレターで発信しています。 エクスマ75期 ニックネームは小池さんです。