発信している人の顔が、日常が見えてこない、感じることができないと本当にその人が存在してるかどうかわからないから共感のしようがない。

毎日テレビ、新聞、チラシ、DMから入ってくる情報。またはネットからFacebookからTwitterから入ってくる情報。
毎日とんでもない量の情報が流れてきます。ほとんどは流れていくだけの情報ですが、そんな中で、ふと自分に興味、関心がある情報が目に止まることがあります。

仕事のこと、趣味のこと、生活のことなどなど自分が興味、関心を持った情報であればその情報をちゃんと見てみようと思います。

その情報がすごくいい情報で、もっと深く知りたい、自分の知識として手に入れたいと思うこともあります。

どんな人が発信してるのか

ところが、その自分いとってすごくいいと思う気になる情報も発信者が誰かわからないと、顔が見えないとちょっと警戒したりします。

例えば「近所に美味しいラーメン屋がある」っていう情報も、発信者がそのお店だったりすると、「なんだ売り込みか」って思うし、せめて店主の顔でも出てればいいのになって思うし。

例えばゴルフ場からのDMもプレー料金やお昼のメニューだけじゃなくて、スタッフやキャディーさんが顔と名前を出して、ボクのことをお持ちしてますってコメントなどがあるだけで全然受け取り方が違ってくるし。

情報を発信している人の名前と顔がわかって、しかも普段の発信でその人の日常や趣味、仕事がわかって、そこに何か自分が共感できることがあったら情報の受け取り方が全然違ってくる。そのラーメン屋にそのゴルフ場に行ってみようかなって気になったりします。

発信している人の名前、顔、考えはもちろんのこと、その人の日常が見えてこない、感じることができないと本当にその人が存在してるかどうかわからないから共感のしようがない。

個人が発信せずに会社、お店が発信してると売り込みとしか捉えない。

共感できる情報は記憶に残る

流れてくる情報の発信者に共感できるとその情報は記憶に残る。
共感することができない情報はただの情報として、記録に残っても記憶に残らない。

普段Facebook、Twitterでつながっている人、リアルに会う人が発信している情報全てに共感できるわけじゃないけど、共感できる人の情報は記憶に残るし、その人が勧めるお店だったら行ってみようと思うし、その人が勧めるモノだったら買ってみようと思う。

どこを切り取っても自分は自分

仕事してる時も、遊んでる時も、食べてる時も、飲んでる時も、どの場面でも自分は自分なわけで、仕事の時とプライベートの時が別の人なわけがない。
仕事とプライベートを分けて考えてても同じ一人の人間だもの。

自分のどこを切り取って発信しても自分。

そんな自分を発信することで、自分の本性が人柄がにじみ出てくるような発信になっていくんじゃないのかな。
そうするとその発信に共感してもらえるようになってくるんじゃないのかな。

仕事の時も、マックスブログ塾の時も、頭に熱々のおでんかけられてる時も、娘と遊んでる時も、ゴルフしてる時も全部が岡公司。

どんな場面も全部が自分。

どんな場面も全部が自分。


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岡 公司
播州瓦工業株式会社 専務取締役 岡 公司です。 生まれ故郷、国産みの島淡路島の土から生まれる瓦の独自の価値をもっと伝えたくて瓦の価値を伝えることをメインにブログを書いてます。 自分の好きな事、楽しい事をFacebook、Twitter、Instagram、ブログ、ニュースレターで発信しています。 エクスマ75期 ニックネームは小池さんです。